食の安全と農薬の話

野菜の安心と安全 農薬とはなにか?

無農薬栽培=安全なのでしょうか?

ここ数年で高まった「食の安全」への意識。その中で注目されているのが「無農薬・無化学肥料栽培」です。かつては「有機栽培」とも呼ばれていましたが、現在では第3者によるJAS認証を受けたもののみ「有機栽培」の表記が可能です。この認証を受けずに、農薬を使わない栽培が「無農薬栽培」。化学肥料を使わない栽培が一般に「無化学肥料栽培」と呼ばれています。

 

多くの方が安心・安全の証と思われている無農薬栽培ですが、実は現状の無農薬表記は安全性を保証するものではありません。「農薬を使っていない」ことをうたっているだけなのです。多くの方は「農薬は危険」と認識されているかも知れませんが、実際には「農薬」とされる資材は、安全性の厳しい検査を通ったものであり、その使用法も厳しく規定されています。

 

自然由来、合成物、有機質、無機質に関わらず、その効果と安全性の検査を通ったものだけがはじめて「農薬」と呼ばれます。無農薬栽培で病気予防や虫除けに使われる資材のほとんどは、公的機関が安全性と効果を検査していません。検査していないから「農薬」ではないのです。

 

ここで疑問に思われるのは次の2点ではないでしょうか。(1) ではなぜ農薬が危険だと思われているのか?(2) そもそもなぜ農薬を使うのか?

以降のセクションではその疑問についてお話しさせて頂きたいと思います。

農薬が危険と言われるのはなぜ?

安全性について検証が行われたはずの農薬が危険だと思われている理由ですが、ひとつは安全性への知見が今より低かった頃の名残が挙げられます。もうひとつは、以前農薬が規定量よりも過剰に使われていたためです。

 

一昔前、今ほど食物の安全性が問題になっていなかった頃、作物に求められたのは「見た目」でした。虫食いや汚れは勿論、そのサイズや重さも厳密な規定から外れてしまえば買ってもらえませんでした。そうなると、生産者は味や栄養価ではなく、決められたサイズのただ綺麗な作物を作るために、生産者のコントロールが効きやすい生産体制を優先せざるを得ませんでした。

 

つまりは農薬を大量に使い、肥料を過剰に与えることで成育を早めたのです。生産者と買取り業者が見た目の訴求に走れば、本来最も大事な味や栄養価は損なわれ、農薬に耐性がついた病気や害虫を駆除するために、更に強い薬を使う悪循環が起こります。いくら安全性の検証が済んでいるとはいえ、規定より過剰に使えば当然悪影響が出ます。美味しくないと分かっていても、綺麗さを優先しなければ売れず、また消費者も綺麗なものしか買わない。残念ながら今から20年ほど前にはそれが当たり前のことたったのです。

無農薬・無化学肥料はなぜ安心と言われるのか?

過度な農薬利用の反動が、無農薬・無化学肥料への関心を高めました。生産者、消費者ともに化学薬品・化学肥料の過剰利用による弊害に気づき、どちらも使わないという取り組みが始まりました。ヨーロッパで始まった有機栽培の試みは、化学肥料過多による土壌の劣化、酸性雨などの環境破壊が深刻になったことが大きな理由です。

 

このことから、科学的に合成された農薬・肥料は悪であり、「自然由来な資材」「肥料が善」というイメージが広がったのです。

しかし、植物は由来に関わらず無機物を栄養として育つこと、農薬が安全性の試験を通過していることもまた事実なのです。

 

問題の真の原因は過剰供与であり、全面的な禁止は逆に弊害も生み出します。

例えば、肥満の人にとっては一時の断食は有効な健康法になりますが、栄養不足な人にとっての断食は危険でしかありません。

薬の飲み過ぎが健康を害するからといって、傷薬や風邪薬、薬と名のつく全てのものを使用禁止にするのは不合理です。

 

「化学肥料・農薬でコントロールしなければ作物は作れない。」

「化学肥料・農薬を僅かでも使えば危険な作物になる。」

どちらも両極端な考え方であり、栽培方法は決してこの2択だけではありません。

なぜ農薬・肥料を使うのか

農薬も化学肥料も使わない栽培は不可能ではありません。但し「どんな条件の土地でも」「どんな野菜でも」となると、かなり難しくなります。

 

「健康に育てれば虫も病気も寄りつかない。」果たして本当にそうでしょうか?健康に育った人間は、伝染病にかからないでしょうか?イモムシが集る食べ物は不健康なものだけでしょうか?病気や害虫に対する防除は無農薬でも必要です。防虫ネットや施設により物理的に防除できる場合もありますが、これができない場合は薬剤の力を借ります。

 

「無農薬」の場合は農薬でない薬剤、つまり安全性を検査されていない薬剤を使用する可能性があります。これでは農薬では禁止されている毒物が混入する危険性が高まります。

 

最近では、ニームオイルへの強毒性分アバメクチンの混入。木酢液では発がん性物質であるタール、ベンツピレンに関する問題が指摘されています。危険性への公的な検証が行われていない、病害虫防除に効果があるとうたっている農業資材は、リスクが高いと考えられます。

 

危険性・効用を検査したものは、自然由来であっても農薬と呼ばれます。「農薬=危険」という固定観念が、逆により危険な作物を育てる恐れがあるのです。

 

農薬・化学肥料を使わないことを第3者が認証した有機JAS栽培においては、使われる資材にもチェックが入りますから、危険な毒物が使われるリスクはまず無くなります。有機JAS認証を受けた野菜に関しては、ここまでで述べた危険性は関係ありません。

 

しかし、「無農薬」をうたう生産者は基本的にはノーチェックです。そして、その生産者が良かれと思い使う防除資材も危険性はノーチェックなのです。

 

「無農薬=安心」というイメージが広がる一方で、危険な栽培をなされた自称無農薬野菜が増えてゆくことに、生産者としては強い危機感があります。

 

今後「無農薬野菜」による健康被害が出た場合、「農薬=危険」というイメージを持っている一般消費者が、全ての野菜と生産者に不信と疑惑を持つことは、容易に想像できます。

 

誤解が無いよう申し上げますが、全ての無農薬野菜が毒まみれだと言っているわけではありません。ただ、誰も使用資材の安全性を担保しない自称無農薬栽培は、大きなリスクが存在することを申し上げているのです。

 

実際、非農薬で防虫・病気防除効果をうたう資材の解説内容には、かなり疑わしい文言が並ぶものも多いです。農「薬」として安全性の検証を行った資材を適正に使った防除の方が、「安心・安全」ではないでしょうか。

 

「農薬」と一言でくくられますが、その特性には「毒物」「劇物」から、「普通物」とよばれるものまで、大きな幅があります。そして、その使用法は厳密に規定されているのです。その全てが危険だとすると、逆に安全性は誰にも証明できません。

 

「農薬=危険」「化学肥料=危険」というイメージの弊害が、現実の被害にならないことを切に願います。その為には、農薬や化学肥料の危険性を妄言であおる方には、なるべく説明するつもりです。安全性はただのおまじないではありません。事実の裏付けが絶対に必要です。

 

栽培に必要なのは、その作物にとって「いい塩梅」な環境を作ってあげることです。

言葉のわかりやすさに捕らわれて、本当に大切なことを見逃してはいけないと私たちは考えます。

安全と効力を国が確認しているものが「農薬」です。

結論から言えば、現代の農薬は適正に使用すれば人体に影響はありません。

 

害虫防除・疫病予防という目的とともに、人体への影響がないかは厳密に審査されています。効き目があること、人間への悪影響がないことが確認されてはじめて農「薬」に認定されます。

 

法律上、防除・予防目的で農薬以外のものを使うことは違反行為です。有機栽培で防除目的で使われる「食酢」「重曹」「天敵昆虫」なども、特定農薬として農薬に登録されています。

 

しかし農薬には「毒/悪いもの」というイメージは根強く、最近では農水省と環境省が特定農薬として焼酎の登録を行おうとした際、日本酒造組合中央会から抗議されました。(「焼酎を農薬と呼ばないで 日本酒造組合中央会 名称変更を要求」)防除に有効で、人にも安全だから「農薬」に登録された訳ですが、消費者にネガティブなイメージを持たれることを危惧したのです。

 

現在の登録農薬の場合、特定毒物は0.001%、毒物は1%、劇物が17.3%、普通物が81.7%です。農薬の誤飲などで人が亡くなるニュースが流れなくなったのは、農薬メーカーの陰謀とか隠蔽ではなく、農薬のヒト毒性が弱まったからです。農林水産省「農薬の基礎知識 詳細」の3(4)検査の内容を見て頂くと分かるように、農薬の検査では人の安全性の項目が最も多く確認されます。

 

そして残留農薬に関してはADI(体重1kg当たりの1日許容摂取量)が基準になります。ざっくり言えば、毎日その食品を食べたとして、悪影響が出ない最低量の1/100以下。つまりその100倍食べても、身体に影響はないと想定される量です。

 

現在の農薬は、ここまで安全性について検査されているのです。

 

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勿論、例えばアスベストのように後から危険性がわかる可能性もあります。しかし上のリンクにある農薬の検査内容を見れば、そういった危険が見逃される確率はかなり低いと言えます。農薬の安全性は使用する農家である私達の健康にも直結する問題ですから、情報を随時チェックしながら、使用する農薬を選定しています。

 

慣行栽培、特別栽培、認証有機栽培。肥料や農薬の使い方によって呼び名は異なりますが、それぞれの栽培方法による生産物の優劣はないと私は考えます。生産する作物により、最も適した栽培方法を。その知見と技術を持った生産者の作った作物が皆から支持されます。

 

化学肥料や農薬を使う使わないといった極端な括りでは、現代の農業環境に対応できませんし、生産物、生産者の優劣もつけられません。実際有機栽培にも、慣行栽培にも、見習うべき素晴らしい生産者の方はたくさんいらっしゃいます。

 

繰り返しになりますが「いい塩梅」に作れるかどうか。

「美味しいだけでなく本当に安全な野菜を皆様に届けるため、安全性が確認された薬を的確な時期に的確な量だけ使用する」

それが私たちの野菜栽培です。